今回は東洋大学のエース、4年生の西山和弥選手について深堀していきたいと思います。
高校時代から、数々の実績を残してきた西山選手、大学入学後からは、1年生から3大駅伝である出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝の全てに出場してきました。
そんな、東洋大学の西山選手の特徴や経歴、進路について詳しくチェックしていきたいと思います。
西山和弥選手(東洋大学)の特徴は
小刻みで小さい腕の振り、かかとがお尻に当たるほどまでに蹴り上げられるフォームが特徴の選手であります。
股関節を痛めたことで2019年シーズンでは、序盤から非常に苦しいシーズンを送りました。
しかしながら、2020年の9月に行われた日本インカレ10000mで5位に入り、
続く宮崎県延岡市で開催された記録会の10000mでは、東洋大の大先輩である旭化成所属の相澤選手と競り合いを演じました。西山選手は自己記録【28分03秒94】をマークし、完全復活を期待させました。
西山和弥選手(東洋大学)の3大駅伝で活躍は
冒頭分でも述べましたが、西山選手は大学入学後から全ての3大駅伝に出場してきています、そんな西山選手の3大駅伝については、
出雲駅伝
大学駅伝のデビューとなった出雲駅伝、1年生ながら名門東洋大学の1区を任されました、3大駅伝デビューとなりましたが、堂々たる走りで区間5位でタスキを繋ぐことになりました。
2年生では2区にエントリーされ区間の6位の走り、チームとしては惜しくも優勝は届きませんでしたが、総合2位との成績に十分貢献しました。
3年生は1区を走り10位と不本意な走りとなってしましました、股関節の故障の影響もあったのでしょう。
最後の4年生時には新型コロナウィルス感染拡大の為に中止となり、3年生時の雪辱を晴らすことができませんでした。
全日本大学駅伝
1年生から毎年の4回出場しています、一番成績が良かったのは1年生時に走った3区で区間3位を記録した走りです。
その後は、2年生で2区14位、3年生で5区11位と悔しい結果が続いています。
股関節のケガから復調が見えて期待が掛かった2020年では、7区で区間11位と思うような結果を残せていません。
しかし、誰もが認めている実力があることは間違えありませんので、2020年の悔しい走りの雪辱は最後の箱根駅伝で晴らしてくれるのではないでしょうか。
箱根駅伝
西山選手が東洋大学のエースとして階段を昇り始めたのが、1年生に出場した2017年の箱根駅伝です。
1年生で1区で区間賞を獲得し、翌年の2年生でも同じ1区で区間賞を獲得しました。
この2年連続の区間賞で西山選手は東洋大学の中心選手となり、箱根駅伝としても注目の選手になりました。
しかし、3年連続の区間賞を狙って走った3年生の1区では、14位と後退してしまします。
股関節のケガの影響とも言われますが、2021年4年生となった最後の箱根駅伝では、期待できることは間違えありません。
西山和弥選手(東洋大学)の進路は
西山選手は、実業団のトヨタ自動車へ就職が決まっています。
これだけの選手ですので、名門チームから多数のオファーがあったのではないでしょうか。
トヨタ自動車陸上部は、東京オリンピックマラソン代表の服部選手の所属しているチームであり、全日本実業団対抗駅伝では12年連続入賞を果たしている名門チームです。
チーム方針としては、
個々の能力を高め合い、
結果を残すことで、
社員・職場の士気高揚を目指す。
実業団の選手としての西山和弥選手の成長や活躍に大いに期待できるのではないでしょうか。
西山和弥選手(東洋大学)のプロフィール
こちらが西山和弥選手のプロフィールです。
西山 和弥(ニシヤマ カズヤ)
生年月日:1998年11月5日(4年生)
身長:167cm
体重:53kg
出身地:群馬県伊勢佐木町
所属:東京農業大学第二高校→東洋大学
西山和弥選手(東洋大学)の経歴
最後に、西山和弥選手に経歴としては、
大阪で産まれ、群馬県で育った西山選手、中学から陸上選手として活躍を続け、高校は東京農業大学第二高校へ進学しました。
この東京農業大学第二高校は県内でも屈指の進学校でもあります。
全国高校駅伝にも2回出場し、高校時代の実績も華やかな物がありますね。
まとめ
今回は、東洋大学のエースであり、復活の走りに期待が掛かる西山和弥選手について見てきました。
大学1年生時の実績以上の活躍を4年生大学最後の箱根駅伝で見せてくれることを期待してしまいますね。
これからの西山和弥選手の走りに注目していきましょう。
西山選手頑張って頂きたいです、応援しましょう。
また、西山選手以外の東洋大学の選手についての記事が沢山ありますので、ご覧ください。
今回は最後までお読みくださりありがとうございます。
今後とも有益な記事を投稿していきますので何卒宜しくおねがいします。
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